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2014/04/04

春の候なり

「じゃあ、ここで降りるね」

バス停でバッタリ会ったお隣の奥様は駅まで乗っていかずに、花トンネルの手前でバスを降りて行った。

あ、アタシも一緒に降りちゃえばよかった。そうチラリ思ったが、独りもの思いながらバスに揺られる方を選んだ。

なぜだか道理は解らないが、ここにこうやって生きているのが不思議なような気もしたりする。

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花の輪をくぐりて

バス通いけり

生かされており

この春の今

 

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見るほどに妖気放たんばかりに美しい桜を見ていると、きっと「束の間の花の命と知って咲いているに違いない」と確信する。

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束の間の

後に散りなむ知りてなお

春爛漫の

桜愛でおり

 

 

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42日は恒例の花見。渋谷桜ヶ丘のさくら通りに面したネパールレストラン・マンダラの窓辺が一時期、一服の桜絵画になる。

 

下は2010411日に詠んだものだ。

桜散る

まりりん発てり

愛娘御す

はなびらに乗り

 

上の句と下の句の間の5文字が足りず、毎年眺めては考えあぐねてきたが、落ち着く文字が見つからなかった。

せんだってまた見返して、つくづくながめていたら、ふと思いついた。


桜散る

まりりん発てり

待ちわびし

愛娘御す

花びらに乗り

 

どうだろう。

ほんとに「待ちわびし」だったかどうだか、もしかしたら「なお生きたいと思っていたかもしれない」が、今となっては解らない。けれど「先に逝った娘が必ず迎えに来てくれる」と言い続けていたまりりんだったから、きっとそうに違いないというところに、4年経ってやっと私が落ち着けたのではないかと思う。枕元に愛娘の七五三の時の写真を置いて、「迎えに来るとき、アタシが年取っちゃってて分からないといけないから」と言っていたまりりんと「待ちわびし」を重ねて、わずかに隙間らしきも感じるが、はみだして邪魔にはならないと思う。


桜花

黄泉より

友をば吹き寄せよ

その花びらの

花車に乗せ

 

「だって桜があんなにきれだから」などあれこれ言い訳しつつ、あああ、飲み過ぎた飲み過ぎた。

飲み過ぎいついでに一首


告っちゃう?

だって友が言い遺したよ

「命短し 恋せよ乙女」

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「ぎょえッ!」

など目を剥かずともダイジョービ!

「相手がいれば」の仮想の一首だからして…

 

ってな桜もろもろ春の候なり。

ういーットと。

 

 

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コメント

小玉さんの歌がよくて、また、泣いてしまいました、、weep
季節と共に毎年思い出すって悲しいですが、いい事なのかもしれません、、

投稿: mickey★ | 2014/04/06 10:23

ミキティ
ありがとうございます。
恐らく、年取るって、思うことが増えるってことなのかな~など、思う今日この頃です。

投稿: 本屋のおばちゃん | 2014/04/07 07:51

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