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2013/07/30

叔母の見舞

724日、叔母の見舞いで、うちのGと松戸の病院にでかけた。1週間ばかり前になるか、従弟から連絡があり「叔母がいよいよ弱ってきており、認知症が進んで息子である従弟を認識できなくなった」と。

わざわざ連絡してよこした心中を想い、是非にと出かけることにしたのだった。

 

病院の受付で従弟とその息子と落ち合って、病室に入った。

まずGが顔を覗き込んだが、目が空を泳ぐばかりで叔母は何の反応も見せなかった。次に私が叔母の顔に顔を近づけて言った。

「おばちゃん!あきこです!!しょういちの娘。しょうちゃんの娘のあきこです!」

聞こえたのかどうか「?」な感じだったのでダメかな、と思った瞬間。

「あこちゃん」と叔母が大きな声で言ったのだ。なんだか懐かしい「き」と「こ」を一度に発音したような叔母独特の「あこちゃん」の言い回しと声色。

 

再び叔母の顔に顔を近づけて

「そうそう、あきこですよ」

おばが続けて言う

「あこちゃん、あこちゃん」

「はい、はい」

と私。

そしたら叔母が

「あこちゃん、うれしい!」

そう言ったのだ。しかも叔母は、バイタル維持に必要なラインを引き抜いたりしないようにと、手首がマジックテープでしっかり止められたミトンをはめられた両の手を私の頭の後ろに回し、私を抱き寄せたのだ。自分の頬を私の頬に押し付けて、何度も何度も言う。

「あこちゃん、うれしい!」

 

従弟から電話をもらった時に

「ボクのことも、もうわからなくて、ボクの顔見て『しょうちゃん』言うんですよ」

そう聞いていた。「おかあちゃん大好き」宿命の息子族には、なんとももの哀しいことではあろうというのもあって、早いうちに見舞おうと急ぎもした。

もしかしたら「しょういち」をキーワードとして叔母の記憶海馬を揺することができはしまいかと期待しての私の「しょういちの娘だよ」呼びかけではあったのだ。

 

「しょうちゃん・しょういち」というのは2008年の春に亡くなった私の父のことであり、http://asobist.txt-nifty.com/asobist/2008/04/post_5680.html

叔母はその妹にあたる。6人の姉妹と母親と、つまり7人の女性に甘やかされて育った父は、やんちゃくちゃの我が儘放題であったと、その昔、叔母から聞いた。年も近く気丈な叔母とは、ことさら中も良く反面、よくけんかもしたと。

 

「よっぽどお兄さんのことを誇りに思ってたんでしょうかね」

と従弟は言う。

父は戦前の帝大生で、確かに片田舎の小さな村から「帝大生が出た」というのは仰天トピックスであり、家族にとっては胸張ることだったろう。

けれど私が思うに、我が息子のことを分からなくなっても「しょうちゃん」と呼び続けるのは、父が誇るべき人物であったからでは決してなく、外層から萎縮していった叔母の脳が一定以上新しい期間帯の記憶の消失が進んだ果てに、大半の機能を失ってしまったが故に、なおのこと残存海馬だけが活性されたかに見えるに過ぎない。

叔母の周りには姉妹が集い、父母もいて、その中で兄とも戯れている。むしろ過ぎ去った過去にしか住めなくなってしまっているのだ。

だからその「しょうちゃん」に触発されて、叔母の脳みそは、ほんの少しだけ時の流れの「時管」をたどるという作業をやってのけ、その娘の「私」を認識できたのだろう。少なくとも、そう見える状況がつくり出されたのだ。

証拠に、ひとしきり「あこちゃん」「はいはい」を繰り返したあと、叔母の体から離れた途端、叔母はもとの無表情、無反応に舞い戻ったのだから。

その後はもう、二度と会話が成立することはなかった。痩せ細った腿や糖尿病が進んで切断せざるを得なかった、膝から下とわかる、丸くなった足先をタオルケットの上から撫ぜても、叔母はずっとなぜか「ひとつ、ふたつ…151617…」とずっと数を数えていた。

 

しばらくして看護士さんがやってきて入浴の順番を告げたので、従弟ともども退室することにした。

 

従弟が看護士に私を指して言った。

「この人が、あの『しょういちさん』の娘さんです」

「あらー、そーなんですねー」

看護士が笑って言う。

「有名人ですよね、『しょういちさん』は」

従弟も笑って言う。

 

私も独りっ子なら従弟も独りっ子。昨年父を亡くし、母もまた風前の灯如くに命揺らす母を前に、従弟の心中いかばかりかは推測するに余りある。蝋燭皿に溜まったわずかな蝋液に先だけ蝋芯を出して、いつ消えるともない小さな灯がついに「ヂヂ」と消え果た先の闇に、従弟に訪れる存在の孤独を想うと、今から胸が痛い。

 

「仕事中にかけつけたみたいだけど、返って悪かったかな」

帰りの車の中で言うと

「いや、彼もあんたと会いたかったと思うよ。あんたには逐一、知っといてもらいたかったんだよ。だから、わざわざ連絡してきたんだよ」

Gが言う。

 

まだ灯が灯っているうちに「忙しい」ばかり言ってないで、一度従弟夫婦と誘い合わせて、ご飯会でもすればいいかな!

など、しみじみそんなことを考えたことだった。

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コメント

なんとも胸の熱くなる話でしたweep

薄れていく記憶の中でこそ鮮明に残るものがあるのかもしれないですね。

うちの息子も一人っ子。色々考えさせられますbearing

投稿: mickey★ | 2013/07/31 09:10

>mickey★

コメント、ありがとうございます。

一人っ子は寂しいですが
兄弟姉妹がいようが、いなかろうが、
どっちにせよ生老病死はつきもので
いずれ一人で死んでいくんですがね~

投稿: 本屋のおばちゃん | 2013/08/01 09:46

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