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2013/06/14

ルーツ喪失?!!

全部終わった。

昨日2013613日、実家の売買契約の最終締結をみた。すなわち、完全に人手に渡ったということ。

母が逝った後、遺った家をどうしようと何度か足を運んだが、その度何も手が付けられずにすごすごと帰った。実家はゴミともつかない物の山と膨大な量の書物で溢れかえっていた。家を賃貸に出すにせよ売却するにせよ、屋内の整理は必須だった。

学者であった父母の蔵書である膨大な書物はそれぞれ教壇に立っていた長きにわたり大学の研究費で購入されたものであり、その「印」が押されている以上、建前上、所有者は依然として「大学」なのだった。同門の志には有用だろうから、なんとか役立てる方向も模索したのだが、例えば大学側からの「所有権放棄」であるとか「処分済み」あるいは「処分委譲」の一札がなければ10円だって根が付けられないと古書扱い業者は言う。

大学に問い合わせれば「そういう則はない」「全て送付せよ」「送料は出さない」はともかく、もし送付すれば「処分するだけ」と言葉丁寧であっても哀しくなるような返答。今となっては、どうせかなりな処分代になるなら、大学に送りつけてやればよかったなど口惜しくもある。

全ては「ゴミ」として処理するというのが、すったもんだの末にたどり着いた結論だった。読もうとしても1行だって頭が痛くなってしまうような哲学の専門書は私にとっても無用の長物に過ぎなかった。


家に入ったのは清掃前に取り置くものを見に行ったのが最期で、そのころには既に「賃貸」ではなく「売却」に心を決していた。1階の南向きの最も快適なほとんどのスペースは書庫に当てられていて、作り付けの書棚が林立しているような家を借りるような人がいるとは思えなかった。

ともかくも家に出向き時間をかけてもいいから、取り置きたいものを選りだす。作業が済んだ連絡を受けて夫が車で迎えに来る、という段取りで家に入ったが、あまりにも膨大な「物」の洪水はむしろ、いわば惨澹たる有様で、ただ圧倒されて呆然困惑してしまうばかり。わずかに母が半紙にしたためた短歌の数枚と、父の詩だの散文だのが掲載された古い文集だのを少しだけ持ち帰ることにしたのだった。

業者から「物」の排出は終わり、清掃も終了した旨の連絡は受けたが、すっかり片付けられた家を見に行く気には到底なれなかった。

私の脳裏にはゴミと本でごった返したカオスのままの屋内があるだけ。永遠に。それでいい。

「大事に使うから~」とおばちゃんは言った。

買主は実家の隣の一家だったのだ。

「近くに来たら、寄ってください~」と隣のおばちゃんと同居している娘さんの智ちゃんは言ってくれた。

けれど、私があの家の中に足を踏み入れることは2度とない。恐らく周辺に近づく機会すらないだろうと思う。


うっすらと夕もやのように漂うこの喪失感は何だろう。

今日で母が亡くなってから1年と3日が経つ。

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ホームに入居する前に母に持たした筆記用具。認知症の進行を食い止める一助になればと思ったんだが、母が使った気配は皆目ない。

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母の遺作?やっぱりにゃんこだ。

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コメント

思い出のつまったご実家の売却。

辛かったと思います、、bearing

でも良く知っている方に引き継がれてお母様も安心されているかもしれないですね。

投稿: mickey★ | 2013/06/17 20:47

>ミキティ
コメント、ありがとうございます。
なぐさめてくだすって感謝です。
母がそのように思ってくれればいいのですが…

投稿: 本屋のおばちゃん | 2013/06/18 11:44

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