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2011/11/25

Kathmandu again!!

昨夕11月23日6時半過ぎ(現地時間)、カトマンズに帰り着いた。ピサン村から2日歩いて降り、猛烈な悪路をジープで延々11時間、つまり3日がかりで3,200mのピサン村から降りたことになる。ホテルにチェックインしてシャワーして、ご飯に出て戻ったらバタンキュは必定。

PisangPeak6,090m(アンナプルナ山群)。ベースキャンプ4,380mには届くも、残念ながらサミットには立てなかった。
13日にカトマンズからポカラ入ったが、悪天候に阻まれHumdeに飛べず14日はステイ。どうやら天候回復は望み薄ということでスケジュール変更。飛行機で飛ぶところをChamcheまで1日ジープ、Pisangまで3日間歩きの陸路(登り)で行ったのだ。

「あと2、3日日程があれば、必ず登頂できた」
現地ガイド・シャルパのオンジも残念がっていたほどに現地は裏腹に好天気だったが、もし当初から陸路を選択していたとしても日程が足りなかったという結果になった。

11月20日
早朝6:30ピサン村発。ピサンピーク・ベースキャンプへ向かう。

2011112402_3
途中の休憩地点で。バックはアンナプルナⅢとⅣ(たぶん)。ゴージャス!!!

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10:00BC着。アンナプルナⅡが目の前に。

詳しいルポは後ほど。取り急ぎ「平地に降りてきました」報告です。

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2011/11/18

@chame2770m

according to bad weather,could not fly to humde.so crimbed to here walking.tomorrow will go to pesan vil.but can not help giving up reaching submit.sorry tosay.sueprising to say I found internet caffe here .

so,see you 23th after coming back to kathmando.

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2011/11/13

カトマンズの朝

20111112
11月12日カトマンズ到着。16:00前。
部屋から見える街並み。ちょっとみ普通だけどね。

11月13日
早朝5:30。街はまだ眠りから覚めずにいる。
今日は5、6時間の車移動でポカラ入り。もう一日ホテル泊まりだが、荷物はデポできないから、登頂してカトマンズに戻ってくる24日までUPは不可となる。
さて、荷造りですっかり腰をやられてしまった。初動のたびに痛い。
この腰で10日余のテント生活かー、先が思いやられるな~

ま、頑張りまっさ。

フーッ、ワイトット!!!

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2011/11/11

ピサンピーク・アンナプルナ6090m

ヒマラヤ、アンナプルナ山塊ピサンピーク6090m登山。
11月12日0:20、羽田からバンコク経由でカトマンズに飛ぶ。
昨年のヤラピークは5525mだったから、それよりも500mちょっと高い。その500mの差を、荷造りしてみて改めて思い知った。いつまで経っても荷物がまとまらないのだ。

預け荷物、機内持ち込み手荷物ともに容量制限、重量制限内で荷を仕上げるのが容易ではない。5500m時点でのハイキャンプでは登山者各自でシュラフを用意するのだが、マイナス35度以下対応の極寒用シュラフときたら、私の旅行用ハーフソフトスーツケースはセンターに仕切りがついていてるがために、入りきらないのだ。

そこで機内持ち込みのザックにシュラフを入れたら、ノートPCとシュラフでパンパンになった。
スーツケースは上から乗っかってムリムリふたをして、測ってみたら25kg。
あちゃッ!5kgもオーバーじゃん!!!

まずは、せんべい、チョコなどを出し、あれを出しこれを諦めして再び計測。
23kgかー!あと2kg、もう無理だよ~

家を出るまであと1時間半。
一息入れて、もう1回チャレンジしてみるか!

ってなことで、本日から半月ほど留守します。
可能な限り、ノートで近況報告などしていきます。Softbankさんの許容内でfacebookなどもブツブツとしてみるツモリです。

それでは、しばらく、ごきげんよう~!

20111110dine01
ってなことで、たまには自分ご飯で腹ごしらえしてみた。

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2011/11/08

にゃんこにも寄る年波

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11月2日
庭に出てうちのクロスケボッチにゃんこキキの写真を撮った。前の日に母のところへ行ったんだが、何を話してもあさってな感じで、アタシのモンブラン、モンテローザ登頂の写真にもさして興味は長続きせず、すぐにとろとろ居眠りを始める母が、自分の写っている写真と猫の話には強く反応し、どうにか会話らしきが成立する。

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食事やお茶の際に母が座る席のテーブルの上には白毛がちで、黒灰縞まだらの猫の写真が飾ってある。「チョメシロ」だと母は思っている。
チョメシロは母が自宅で暮らしている時に飼っていたネコだ。飼っていたといっても、半のらで警戒心が強く、私などがいようものなら顔を見るなり大慌てで外へ飛んで逃げていくような野趣濃いヤツだ。

ホームに入居した当初から母は何かというと「チョメシロ」を恋しがって、「チョメシロに会いたい」を連発して、「家に帰りたい」と訴えた。母の気持ちが少しでも落ち着けばいいと、ケアスタッフが自分のうちのネコを撮って母に見せたところ「ああ、チョメシロは元気でいたか」と母はたいそう喜び、「ご近所の方に面倒見てもらって元気にしているそうですよ」というスタッフの言を受容して、以後はずいぶん落ち着いたのだと聞いた。

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うちのキキは真っ黒だからチョメシロを想起するには力及ばないかもしれないが、まんざら母が知らない子でもないから、ちょくちょく母の写真とキキのを紙焼きにして混ぜ混ぜで持って行けば、あるいは会話の糸口になるやもしれないと望みをつないだわけだ。

数枚写真を撮っていて「何かが変」とは、うすうす感じたが、よくはわからなかった。

「庭で何してたの?」
「キキを撮ってたのよ」
少しして長男のヨメさんが来てキキを見て言った。
「あれ?片方のキバがないんじゃない?」

キキの左側の犬歯(ネコでも犬歯か?)・牙が上下ともなくなっていた。一体いつ、抜け落ちたのか、折れたのか定かではない。
「どうりで何か変だと思ったんだよねー」

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写真を見たら、ちゃんと牙が消失している様子が写っていた。

キキは我が家へ来たのは確か1999年だった。今は亡い義母と一緒に住むようになった年だと記憶している。それが恐らくキキの生まれた年のはずだ。だからキキは12歳ということになる。すなわち猫の平均寿命に達してしまったということだ。
いつまでもクロスケボッチだ思うのは大きな勘違いで、キキはもう立派なご大老、じいさんなのだ。

寄る年波にはネコとて勝てない。
諸行無常。
ああ無情!

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2011/11/02

母娘の記-1

11月1日
母のところへ行ってきた。
せんだってモンブラン、モンテローザ登頂の写真を持っていった時、説明なんかまるで気にも留めず、モンブランもモンテローザもない交ぜでひっくり返し見てた。繰り返し眺める度に、まずは1枚『2011/8/20モンブラン登頂』とか表題を入れとくがいいのではないかと、簡単にA4に文字を配置したのを用意して。

そしたら、朝にホームから連絡が入り、どうやら母は夜中に廊下に出て、足をほうりだして座り込み、呆然としていたと。頭部に赤くなっている箇所があるので、様子を見た上で対処する、というものだった。
「虫が知らせたのかな?」ふとそう思った。

表題を差し込んだのを見せたのだが「あ、そー」とも言わず「ふーん」な顔するでもなく、むしろ興味なさげ。どうかすると居眠りし出す。眺めていたら頭に赤くなっている箇所が幾つもあることに気がついた。
「痛い?」
「どーもない」
どこで、どうしてそうなったのか、本人に聞いても所詮は詮ない。

何の話をしても反応が得られず長続きしない。すぐに居眠りをし出す。傾眠は認知症の特徴だから、仕方ないねー。

20111101mm01
車椅子に座ったまま居眠りしている顔を覗き込んだら、不思議な感慨に捉えられた。
文字通り、無邪気。すっかり邪気が抜けて、可愛くてステキなんである。そう感じている自身にも驚く。
もっと早くに、いろいろと話しなどしておけばよかったかな、などつい思ってしまい、即座に「いやいや、そうではない。それは不可能だった」と思い直す。
とにかく寄ると触るとろくなことはなかった。一から十まで話しはかみ合わず、すぐに口げんかになる。挙句の果てが罵詈雑言のやりとり。互いの毒気に当てられると、回復するのにしばらくを要した。

私にとって母は「おかあさ~ん!お味噌なら、ハナマルキ♪」的存在ではなかった。むしろ父とセットで常に忌むべき目の上のタンコブだった。母が称して「底のない井戸」と言った父の自他意識の異常な不完全性は常に脅威だったが、「愛情を投げ込んでも、憎しみを投げ込んでも、落ちたかどうか音すら確認できない底なし」のやるべなきを、にもかかわらず父と一緒になってはけ口にしようとしているとさえ恐れていた。
父が亡くなるずいぶん前に、やはり認知症が進んで、それこそもう、ケンカもできない彼方に行ってしまったと感じた時に大きな喪失感と裏腹に「もうこの人で悩むことはない」という、あまり心地よろしくない安堵に捉えられた。

ホロホロしていて、ふと目が覚めた時に写真を見せたら、マジマジとデジカメのモニターを見ている。興味津々な様子。
「もっと撮ろうか!」

20111101mm02
ちゃんと笑顔を作ろうとする。撮ったのを見せると、熱心にモニターと覗き込む。なるほど、自身には興味が持てる、というのは認知症ならずとも、人間誰しも同じかもしれない。
ここまでになるまでに、我ら母娘はもう少しなんとかならなかったか?とは考えないことにした。今こうして、体温を感じるほどの距離を詰めても安心していられることにこそ感謝したいとつくづく思うのだ。

「今度から、お母さんのところへ来た時は写真をたくさん撮ることにしようね」
と言ったら、母はまた、嬉しそうに笑った。

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