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2008/04/06

生老病死

080406 洗濯物を干していて気がついた。

スズランスイセンが咲き出した。


てっきり消滅したと思っていたので、あてにしていない誕生日プレゼントをもらったような感じだ。


見れば、数株がこぞって数輪ずつ花をつけている。せんど世話を焼いていたころに比べれば、株が少し小さくなったし、花つきも今ひとつだが、立派に生き延びて花をつけたのだ。なんの文句もない。ただ、あっぱれ!

とすると、いよいよラッパとスノードロップの消滅は確定した模様。

草花も人も「生老病死アリ」は世の習いなのだ。

46日の午後、長男と大阪から戻った3男と日野市立病院へ父を見舞った。

転院のどころじゃないな~もう。

ああ、いよいよだな、そう実感した。

父は全身を振り絞って呼吸していた。生きるために息をしているのか、息をするために生きているのか…

42日にソーシャルワーカーと面談にでかけたんだが、面談を済ませたら、父の顔を見るのを忘れて帰ってしまった。なんと親不孝な!

だから、父の顔を見たのは326日以来ということになる。

ワタシにとっては、ただただ忙しく、あわただしく毎日に追われ、あっという間に過ぎた12日間に、父はまさしく日毎に命を削っていったのだろう。時は万人に等しく過ぎないのだ。

日野市立病院を初受診した313日には、それでもまだ

「やよい、か?」

ワタシを自分の妹と思ったらしいが、それでも呼びかけには、それなりに応じていた。

「アキコだよッ!」

耳元でデッカイ声をかけたら、わかったんだか、なんだか。ゼロゼロと吸ったり吐いたりの呼吸混じりに

「あ」

とだけ。

ひと月もしないうちの命の変貌ぶりに驚愕する。

家に帰って、母と父の妹のところに電話を入れた。

母には、会場にあたりをつけ、お知らせするべき人をリストするように、叔母には病状を有体に伝えた。父の6人の姉妹のうち確か5人は存命と認識している。そのうち連絡をもらって理解にお及ぶのが幾人かは知らないが、今夕のうちに、わかる範囲には伝わることだろう。

どうせ母は何もできないで当日を迎えるのだろうから、そこそこワタシがあたらねばならない。

願わくば、「忙しい」と「忙しい」の合間を縫って、上手にすり抜けたい。スキを突いて山へも行きたい、などと、元気な者はかようにエテカッテなんである。


「勝手にアウトドア」に

雪洞講習@谷川岳・その2

http://www.asobist.com/outdoor/2008/tanigawadake0803/02/02.php

UPしとります。



船戸与一『緋色の時代』【小学館文庫】

読了。

いつ、どこで?

もう忘れた。

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コメント

「生老病死」って人の一生のようですね。

雪洞って大きなかまくらのようですね。

投稿: まったん | 2008/04/07 17:19

そうですね

雪のどてっぺりに穴あけて
かまくらと合体した
んな感じでしょうかね~

投稿: 本屋のおばちゃん | 2008/04/11 19:09

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