ブルーマンデー
1月28日
日祭日は病院は休みだから仕方がないとはいえ、月曜日だというのに終日私用で出て歩いた。
10月に予約の取れていた父のホスピスへの入所にかかわる面談が、義叔母の葬儀が入りキャンセルしたので、延び延びになっていた。
面談で分かったことは、安心材料はひとつもなかった。ただ父のようなケースの場合、ホスピスへの入所もままならない、ということ。
つまり、脳梗塞をして、脳萎縮が進み、目に見えないほどの小さな梗塞を重ね、それがさらに脳の萎縮を広げ、麻痺も進み、ついには全身の機能不全の兆候も見せ始めているような場合、本来のホスピスの果たす役割以外の要素がケアに加わる。
ガンが引き起こす呼吸苦と認知症・脳萎縮による呼吸不全との境目が定かでない。後者の場合は老人介護領域のことであり、いわゆるホスピスのターミナルケア域を出る、というのが医師の説明だった。
付け加えて父の場合、バイタルレベルも相当落ちている関係でガンの進行は極めて緩慢。生命力の低下した身体ではガン細胞すら育たない。恐らくガンによるダメジより機能不全による終焉の方が先だろう、という予測なのだ。
実に変な言い方だが「元気?」な人間のガンとは違うという。
終末をホスピスでという事柄には、痛みやその他の苦痛に対する緩和ケアも口径でのモルヒネワイン摂取など自己管理できる範囲で行い、可能な限り今までの通りの住環境や生活を維持し、これ以上は医師の管理下ででないとできない状態になってから入所という順当?な経過をたどる、とうルートに乗らなければならない。
父の場合、「ここまでは」と「ここからは」が最初からゴッチャになっているから判断と対応が困難だという医師の説明は、説明を受けている時は「なるほど」と聴いたが、今になって考えれば、なんだかとても納得できない。
さらに料金説明では平均在院日数40日というのは、あくまでも「元気?」な人のガンの話であって、父のような場合最長9ヶ月の在院ケースもかつてあった。
ホスピスでの緩和ケアを受けて一旦小康状態に再浮上した場合は一旦、退院ということもある。入退院を繰り返し、通算すると在院日数はかなりになる、とも。
つまり医師が暗に示唆したのは、1日辺りのホスピスでの医療費は40000円近く、加えて差額ベット代が20000円弱、それに食費となると、70000円に手が届く費用が1日毎に必要となる。在院日数が9ヶ月に及んだら「それでも払えるか?!」と突きつけられたも同然だった。
よしんば、それでよし、としても「そろそろ入所」を希望した時に即空きベッドが「あるかどうか」は保証の限りではなく、「元気?」な人のガンが優先して入所になる。
どういうこっちゃ!!!
ホスピス病棟を見学し病院を後にした頃には、ワタシはもう気鬱に侵食されてぐったり、くたくただった。
最寄りの武蔵小金井の商店街をふらつき、コーヒーでも飲もうと探したが、やたらにヘアサロンが多いだけで、飲食店というとバーガーショップかラーメン屋しか見当たらず、ただ失望するばかり。
なんだかやたらと人恋しく、やるせなく孤独。
電車に乗り幾駅か先の日野で降り、面談の結果報告に立ち寄る約束をしていた、父のいるホームへ向かおうとは思うのだが、どうしても足が向かない。
駅前で立ちすくんでいたら眼に入ったのが焙煎屋「トムの家」なるカフェ。地獄で仏の心境でドアをくぐった。
おかしなもので、失望落胆していても腹は減るとみえる。メニューに「カレーライス」の文字を見たら、無性に食べたくなった。
朝から何も摂っていなかったので、思った以上に空腹だったらしく、自分でもあきれるほどガツガツ平らげてしまった。
やっぱり人間、寝不足と腹ヘリはいけませんってば!
セットのアイスクリームをゆっくり食べ、コーヒーを飲みしていたら、モリモリ元気が出てきて、事態に対する構えがムクムクと湧いてきた。
導き出された結論はというと…
現在、入所しているホームは当然、医療機関ではないわけで、できる範囲で訪問の契約主治医に健康?管理を依頼し、訪問診察で対応が難しくなったら、どこかの病院へ入院する。入院先の病院には病状説明を尽くし、こちらの意向も余すところなく伝え、病院側の可能なラインとすり合わせて対応してもらう。
もし、突然呼吸不全に陥って救急搬送しなければならないことになったら、ワタシが急いでかけつけて説明するのが間に合わずとも、搬送先でも同じ説明をしてもらうようホームの担当にしっかり伝える。
よしんばこちらの意向が通らず気管挿管になったとしても、そこまでいくということはすなわち父の状態は全機能不全もどうにも引き返せないほど重篤だということなのだから、そう長い期間のことにもなるまい。
できる準備は怠らないが、その上で「神のみぞ知る」。
人の子のできることなど所詮「祈る」ぐらいしかできない。思い返せば義母もそうやって送ったな~と。
ではあったが、ホームに赴き、担当スタッフに説明し、しばらく父の顔を見て、すっかりツルツルになった頭をナゼナゼして、電車に乗って家にたどり着いたらもう9時近く。気がついたらテレビの前でい眠ってた。
12時ごろ一旦目が覚めたが、何をするのもかったるくてベッドにもぐりこんだ。
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