母息子喧嘩!?
3男が鼻柱矯正手術を受け、退院したのが10月22日。
目がおかしい、痛い、開けられないと言い出したのが26日。ムスコは街の眼科を受診した。角膜潰瘍と診断され、点眼剤を処方された。
29日に再診。改善が見られないのでと紹介された総合病院は手術を受けたと同じ病院だった。紹介状を持参して「初診」として。ムスコは右目は全く見えない、という。
何、それ?!
悠長に構えてる場合じゃないぜ。どうかなったらどうすんじゃ!!
一時の猶予ない処置が必要でしょよ!!!
「それって、おかしいでしょ。まずは耳鼻科の先生に相談すれば」
「眼科なんだから関係ないでしょ」
「明らかに術後の影響でしょ」
「眼科は眼科だから」etc.etc…
などなど、しまいに親子喧嘩の様相。ムスコの判断にも?だったが、病院側の対応も到底納得しかねた。最近およそ親子喧嘩などなかったんだが、この時ばかりは1歩も譲らなかった。
医療従事者ばかりか受療者も「医」を取り違えている。
日本の「医」の最も立ち遅れている問題に関わることなんだというのは、オオゲサでもなんでもないことなのだ。
医・科学の進歩は専門化へ流れるのは必定ではあるが、何のための専門化だったかということを置き去りにしては、意味を失う。1人の人間の身体はすなわち総体としてひとつの命と直結している。目でメシ食うわけでもなく、耳で歩くわけでもないが、間違いなくパーツが有機的に連動しているから、命が永らえているのだ。
とすれば、いったん専門化した個々の成果は再び統合されて「命・有機体」を診るところに回帰しなければならない。
セグメントされたカテゴリーが協同的に作用し合わなければ、命を診ることにはならない。
世界では、すでに医のセクショナリズムを廃しco medical、co work への再構築が進んでいる。
一方、「病識」ということにこれほどにまで意識が薄い国民性もこの国の他はない。何も個々の専門知識を知る必要を言っているのではなく、的確な治療をタイミングリーに受けられるための「権利要求」をきちんとできるぐらいの抗弁は持とうではないか、というだけのことだ。
ってなことで、スッタモンダした挙句、ようやくムスコは手術を受けた病院でスピーディーに眼科受診をし、耳鼻科のチェックも受診した。
あのね、カメの甲より年の功ってのあんのよ~!!!
どうやら角膜に生じた潰瘍にアメーバーが付着し、免疫力低下状況下で繁殖したために炎症となってマブタが腫れあがった。繁殖痕が白濁を起こし、視力に影響した。ということだった。
現に手術直後は止血のための綿球で眼球に圧力がかかり、あれだけ目が開けられないくらい涙がボロボロ状態だったわけで、術後わずか2週間、出血が多く500の輸血もし、体重が5kgも減少した体調で、直接原因がコンタクトだったとしても、手術とは全く無関係、などということは、誰が考えてもあり得ないことではないか。
にしても「なんでしたら救急車でかけこみますが!」まで言わないと適切な対応を得られないなんて、実に情けないこってすな~
あああ、おかげさんで、1日病院でつぶれたわ~
「まりりんの日々修行」更新されてます。
10月29日
http://blog.livedoor.jp/asobist/archives/2007-10.html#20071029
10月30日
http://blog.livedoor.jp/asobist/archives/2007-10.html#20071030
大笑いしましたがな~
「勝手に読書録」に
青山七重『ひとり日和』【河出書房新社】
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「勝手に植物図鑑」に
マルバダケブキ
http://www.asobist.com/plant/entry.php?eid=274
オオヤマオダマキ
http://www.asobist.com/plant/entry.php?eid=275
UPなってます~
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